2010年11月15日月曜日

古典を読もう - 大學(伝之九章)

古典を読もう - 大學(伝之九章)

古典を読もう - 大學の十回目は、「伝之九章」(第九章)です。



傳之九章

原 文



所謂。治國。必先齊其家者。其家不可教而能教人者無之。故君子不出家。而成教於國。孝者所以事君也。弟者所以事長也。慈者所以使衆也。

康誥曰。如保赤子。心誠求之雖不中不遠矣。未有學養子而後嫁者也。

一家仁。一國興仁。一家讓。一國興讓。一人貪戻。一國作亂。其機如此。此謂一言?事。一人定國。

堯舜帥天下以仁。而民從之。桀紂帥天下以暴。而民從之。其所令反其所好而民不從。是故君子有諸己。而后求諸人。無諸己。而后非諸人。所藏乎身不恕。而能喩諸人者。未之有也。

故治國。在齊其家。

詩云。「桃之夭夭。其葉蓁蓁。之子于歸。宜其家人。」宜其家人。而後可以教國人。

詩云。「宜兄宜弟。」宜兄宜弟。而後可以教國人。

詩云。「其儀不忒。正是四國。」其爲父子兄弟足法。而后民法之也。

此謂治國在齊其家。

右傳之九章。釋齊家治國。


読 み

(でん)の九章(きゅうしょう)

所謂(いわゆる)、国(くに)を治(おさ)むるは必(かなら)ず先(ま)ず其(そ)の家(いえ)を斉(ととの)うとは、其(そ)の家(いえ)、教(おし)う可(べ)からずして能(よ)く人(ひと)を教(おし)うる者(もの)は之(こ)れ無(な)し。故(ゆえ)に君子(くんし)は家(いえ)を出(い)でずして教(おし)えを国(くに)に成(な)す。孝(こう)は君(きみ)に事(つか)うる所以(ゆえん)なり。弟(てい)は長(ちょう)に事(つか)うる所以(ゆえん)なり。慈(じ)は衆(しゅう)を使(つか)う所以(ゆえん)なり。

康誥(こうこう)に曰(いわ)く、「赤子(せきし)を保(やすん)ずるが如(ごと)し」と。心(こころ)(まこと)に之(これ)を求(もと)めば、中(あた)らずと雖(いえど)も遠(とお)からず。未(いま)だ子(こ)を養(やしな)うことを学(まな)びて後(のち)に嫁(とつ)ぐ者(もの)は有(あ)らざるなり。

一家(いつか)(じん)なるときは一国(いつこく)(じん)に興(おこ)り、一家(いつか)(じょう)なるときは一国(いつこく)(じょう)に興(おこ)り、一人(いちにん)貪戻(たんれい)なるときは一国(いつこく)(らん)を作(な)す。其(そ)の機(き)(かく)の如(ごと)し。此(これ)を一言(いちげん)(こと)を?(やぶ)り、一人(いちにん)(くに)を定(さだ)むと謂(い)う。

堯舜(ぎょうしゅん)天下(てんか)を帥(ひき)いるに仁(じん)を以(もつ)てして、民(たみ)(これ)に従(したが)う。桀紂(けつちゅう)天下(てんか)を帥(ひき)いるに暴(ぼう)を以(もつ)てして、民(たみ)(これ)に従(したが)う。其(そ)の令(れい)する所(ところ)(そ)の好(この)む所(ところ)に反(はん)して民(たみ)(したが)わず。是(こ)の故(ゆえ)に君子(くんし)は諸(これ)を己(おのれ)に有(ゆう)して而(しか)る后(のち)に諸(これ)を人(ひと)に求(もと)む。諸(これ)を己(おのれ)に無(な)くして而(しか)る后(のち)に諸(これ)を人(ひと)に非(そし)る。身(み)に蔵(ぞう)する所(ところ)(じょ)ならずして能(よ)く諸(これ)を人(ひと)に喩(さと)す者(もの)は、未(いま)だ之(こ)れ有(あ)らざるなり。

(ゆえ)に国(くに)を治(おさ)むるは其(そ)の家(いえ)を斉(ととの)うるに在(あ)り。

(し)に云(い)う、「桃(もも)の夭夭(ようよう)たる、其(そ)の葉(は)蓁蓁(しんしん)たり。之(こ)の子(こ)(ここ)に帰(とつ)がば、其(そ)の家人(かじん)に宜(よろ)しからん。」と。其(そ)の家人(かじん)に宜(よろ)しくして而(しか)る後(のち)に以(もつ)て国人(こくじん)を教(おし)うべし。

(し)に云(い)う、「兄(けい)に宜(よろ)しく弟(てい)に宜(よろ)し。」と。兄(けい)に宜(よろ)しく弟(てい)に宜(よろ)しくして而(しか)る後(のち)に以(もつ)て国人(こくじん)を教(おし)うべし。

(し)に云(い)う、「其(そ)の儀(ぎ)(たが)わず、是(こ)の四国(しこく)を正(ただ)しくす。」と。其(そ)の父子兄弟(ふしけいてい)(な)ること法(のり)とるに足(た)りて而(しか)る后(のち)に民(たみ)(これ)に法(のり)とるなり。

(これ)を国(くに)を治(おさ)むることは其(そ)の家(いえ)を斉(ととの)うるに在(あ)りと謂(い)うなり

(みぎ)(でん)の九章(きゅうしょう)、家(いえ)を斉(ととの)え国(くに)を治(おさ)むることを釈(と)く。

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